たった一人の社員によって現場が崩壊する事実

まだ私が初々しい新入社員の時の話です。一応地元では名の知れた大企業に就職したのですが、新入社員は必ず一度店舗を経験してから本部に配属されるということだったので私も大規模店に勤務することになりました。同じ店舗に配属された新人は五人。皆希望に胸を膨らませていた…はずでした。

その先輩が現れるまでは。私たちとは少し遅れて配属された先輩は40代前半。神経質そうな細身の男性で休憩室で煙草を吸いながら貧乏揺すりをしている姿からあまり良いイメージはありませんでした。しかもその先輩は店舗に配属されることが初めてとのこと。何故かすでにいる社員からは敬遠されているようだったのでさりげなく理由を訊いてみると、その先輩は幹部候補で経歴作りのために期間限定で店舗に配属された様子でした。そのため現場を全く知らない立場なのに数字ばかりを非常に気にかけ理想論ばかりを口にするのです。

なるほど現場の叩き上げの社員からは嫌われるはずです。自分は未だに本部にいると錯覚しているのかいつも上から目線で現場の駄目出しばかりするので次第に職場の士気も目に見えて下がっていきました。土日でもサービスカウンターの裏でパソコンに齧りついていて、「○○店に売上負けてるぞ、もっと販促しろ」だの自分は口だけで他の社員に指図してやらせようとするのです。土日のようなお客様の多い日はとにかく売り場に出て接客することが第一なのに彼はパソコンの画面上の数字のみを追っていました。

そうして次第に現場の人間関係が崩れていくことに。まずはパートさんたちが大量に辞めました。ベテランのパート女性が「○○さんとはやっていけない」と先輩を非難し退職すると続々と他の方も後を追って行く始末。同じように新入社員も一人二人と辞めていくと先輩は自身の評価が下がることを懸念してか新入社員を囲い込みに入りました。仕事で疲れているのに無理矢理飲み会に誘われたり、「君は私のことわかってくれるよね」と個別に話されることで次第に私も疲弊していきました。その頃にはとっくに退職したかったのですが直属の上司が非常に尊敬できる方で、「いつまでもあいつと一緒ではないから今は耐えるんだ」との言葉をもらい何とかやり過ごしている日々。職員間の人間関係もいつ崩壊してもおかしくない雰囲気でした。

しかしついに私にも決定的な出来事が起こります。休みの日に先輩から呼び出され、同じく休みだった同期の男性社員と恋人のふりをして競合店を偵察に行け、と指示されたのです。ご丁寧に襟元にマイクを仕込まれ、これで価格を録音するようにと。断れずに二人で行きましたが、何故こんなことをしなければならないのかと涙が出てきました。同期の男性社員もいたたまれなくなったのか途中で帰ることになりましたが、私は次の日辞めることを店長に伝えました。引きとめようとした先輩から夜に食事に誘われましたが私は何を言われても泣きながら拒否。

結局私の後にも新入社員、独身社員が辞めていき、残ったのは既婚者で離職しにくい方ばかりでした。
私が辞めてから先輩が本部に引き取られたという話を聞きました。彼も心底悪人というわけではなく彼なりに店舗の売上を良くしようと努力していたのかもれません。しかしどんなコネがあったのか彼に対して店舗からの苦情を伝えても本部が動くことはなかったので誰も止められなかったのは確かです。唯一私の心残りは尊敬する上司から「守ってあげられなくてごめん」と謝られたことでしょうか。無事に転職した今でも時々思い出しては悲しい気分になってしまいます。